
米山梅吉記念館を訪ねてロイヤルパインズホテル浦和から大型バスに乗車して三嶋大社で正式参拝
5月17日(日)三嶋大社にて正式参拝した浦和ロータリークラブ30名の有志たち
米山梅吉さんは明治2年の東京生まれ。彼が4歳の時に父親が他界し、母親の故郷である三島に移り、後に旧家の養子になったことから三島に米山梅吉記念館は存在する。
さて、私が入会して10年となる浦和ロータリークラブは、地元の名士や歴史のある企業代表並びに役員、または大手企業の支店トップや支社長、はたまた証券会社や金融機関の支店長などが所属する奉仕団体である。自らの職業を通じて社会的活動や人道的支援はもとより、奉仕仲間との親睦と平和を推進する世界的な組織の一つとして存在している。浦和ロータリークラブは現在103名の会員を有し、毎年会長の号令の元に様々な委員会を約25編成し、それぞれの持ち味を活かして社会奉仕する機会として、ロータリアン各自の職業を高潔なものにするため活動している。
今回のツアーは、米山記念奨学委員長の吉村英孝くん(株式会社プランニングドゥ代表取締役)と私が携わる親睦活動委員会との合同開催としてお互いの予算を使って大掛かりな企画とした。先ずは浦和調神社の吉田宮司を通じて三嶋大社に正式参拝の後、米山梅吉記念館にて学芸員さんに一つひとつ丁寧な説明を受け社会奉仕の精神を学んだ次第である。
米山梅吉さんは、幼少期から英才の誉れ高く、米山家の養子になった後20歳のころに渡米。28歳で帰国したのち三井銀行に入行し、若くして重役に就任、のちの三井信託銀行の初代社長も務めている。また、社会奉仕活動として日本で初めて国際ロータリーの思想を導入し、東京ロータリークラブを創設して初代会長についている。それゆえ、日本ロータリーの父ともよばれる所以である。企業人を卒業したあとは、私財を投じて学校をつくり、図書館を寄付するなど生涯を通じて国際奉仕や社会奉仕の道を貫いた人である。
昼食会場では三島のうなぎと共に米山梅吉さんの生涯に渡る社会奉仕活動に花が咲き、帰り3時間の高速バスでの懇親も深まった日帰りバスツアーと相成ったわけである。明日へと続く…。
米山梅吉翁




